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2008年10月の記事

2008年10月30日 (木)

怒り

どうしたことか、今週はとてつもなく忙しい。
ビックリするほどせわしない。
そして怒りモードな事が多い。

でも、怒りはやっぱりとてつもない起爆剤だし、原動力・機動力だな~~と実感。
悪くない。


コドモにバクハツするのに、以前のような罪悪感がからんでいないのを発見した。
すごーーく怒ってるんだけど、すごーーく単純に怒ってる。
これなら別にいいんじゃないかな。
私だって人間だよ。
怒るし、笑うし、泣く。
子供にはなるべく笑いだけを見せなくちゃ、っていうのではなく、全部見せていいんだよね、当たり前なんだけど。

まあ、子供以外にも怒りがあちこち湧いてきてるんだけど。

怒りを感じるのは、大切だよ。
自分が何を感じているのか、何がしたいのか、どうありたいのか、とてもハッキリするよ。
だから、抑え込んでなかったことにするなんて、もったいない。
怒りをじっと見つめるのは、面白いよ。

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2008年10月22日 (水)

ザリ

日曜日、ザリscorpiusが死んでしまった。

家族で公園に行って、帰って来たら、死んでいたweep
脱皮の途中でうまくいかなかったらしく(そんな事あるのかな?)、お尻の方は脱皮出来ていたけど、頭の部分がうまくはずれなくて、それで死んでしまった様子。

ザリ、うちにきてくれて、ありがとう。
命に、触れさせてもらった。
ありがとう。


今はザリのいないかご。
あんなに小さな生き物だったのに、やっぱりザリがいた時と今では全然違う。
そこに命の気配がない事を、見るたびに感じて、悲しくなる。

悲しいけど、やっぱりありがとうって言いたい。
ザリ~、ありがとうね~~。
大好きだったよ。
ありがとう。

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2008年10月21日 (火)

合宿ワークショップについて、追加です

先日告知いたしました、合宿ワークショップについて、追加のご連絡です。


合宿の際、jikoさんの治療をご希望の方は、お申し込みの際にご連絡下さい。
土曜日、治療時間を設けさせていただきます。


※治療費は、ワークショップ代金とは別料金となります。
初回の方は8000円、2回目以降の方は4000円です。



この提案を、jikoさんより快くご快諾をいただき、実現の運びとなりましたぴかぴか(新しい)

jikoさんについては、私が何度も日記に書かせていただいているので(笑)、ご存知の方、ご興味のある方もいらっしゃると思います。


合宿で、自分の内側と徹底的に向き合い、治療で体を感じる。
きっと、とてつもない安心感と、充実感に満たされる事と思います。
そして、より深い気づきが訪れることでしょう。


心と同じ様に、体も大切です。

この、一見当たり前な事を、普段どれだけ見つめ、尊重しているでしょうか。

あなたが肉体を持って生きているということは、命があるという事は、とても尊いのです。

私は、そんなあなたを、大切に思っています。

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カラダ

先週、jikoさんの「いのちの研究会」に参加してから、なんだか、じっくりとカラダと向き合っている気がする。

2泊3日の最終日、私は座っていられなくなってしまい、お話をして下さっている方には大変申し訳なく思ったのだけど、横になって話を聞かせていただいていた。

とにかく、眠くて、横になりたくて、どうしようもなかった。
何が起こっているのか、自分では全く分からなかった。
風邪ではないし、どうしてこんな風になってしまうのだろう・・とただ感じていた。

最後、お茶の時にjikoさんが言葉にして下さり、「そうなのかー」と思いながら、ひたすら自分のカラダを感じていた。

それから、自分のカラダを、体調を確認しながら毎日過ごしている。
最初は、とにかく眠った。
次女の咳をjikoさんに診ていただいた日から3日間は、特に眠った。
そうして、寝て起きると、鼻や喉が腫れていた。
今日は、腫れは大分治まったけど、声が枯れている。

研究会から、いつもいつも、
こんな時、自分のカラダに心地いい
食事は?
睡眠時間は?
仕事のやり方は?
お風呂はどれ位の時間がいい?
今の自分は、本当はどんな風でいたい?
と、自分に問いかけていると思う。

そうしたら、自分は「体力がない」のでも「虚弱」なのでもなく、ただ「繊細」「敏感」なのである、と感じ方が変わってきた。

以前は、「繊細」で「敏感」な自分を「それではいけない」と押さえつけ、強くあらねばと、そんな風にずーっと過ごしていた。


でも、「繊細」「敏感」な自分は、本当はどうあれば心地よく過ごせるのか?を今は探している。

そして、これまで薬で抑えていた色々な症状が出るかもしれないのを、ただ見守ろうと心の奥で思っている自分がいる。
悪い(と言われている)症状が出てきたら、それを排除する・押さえつけるのではなく、見つめてみよう。
そして、ただ、そんな状態であることを感じてみよう。
症状は、「悪い」ものではなく、それも含めて私のカラダが生きているという事、命があるということなんだ。
全部が、わたし。

そうやって、私はもう一度、私を再確認し、再構築するのだろう。
これまで、徹底的に自分の内側と向かい合ってきたから、今度は、カラダと向き合っている。
これまで、置き去りにしてきたカラダを、症状を、今だから、真正面から見つめてあげる事が出来る。

ありがとう、ごめんね、許してね、愛してる、と、本当に声がかけられる。

本当はね、ちょっと怖いよ。
以前にも、排毒で、布団の中で唸りながら、ジタバタしなければ耐えられないほどの頭痛を体験したりしているから、あの痛みが襲ってきたら・・と思うと、怖い。
でも、大丈夫。きっと、大丈夫。体験できる。
私は、私をそんな風に信じられているから。

そして、こんな風にカラダと向き合うのにあたって、jikoさんという素晴らしい師が近くにいて下さる事の奇跡を、喜びと感謝を持って受け取ろうと思う。

全ての巡りあわせに、感謝shineshineshineshine

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2008年10月20日 (月)

★10月11月の個人セッション日程のお知らせ★

10月も月末にさしかかってまいりましたが、10月・11月の個人セッション日程のお知らせです。

★料金:1時間・・・・2万円
(延長ご希望の場合、30分ごとに1万円の追加となります)
電話セッションのみです。


maple10月の個人セッションの日程maple

①10月23日(木)10:00~11:00
②10月23日(木)13:30~14:30

③10月24日(金)10:00~11:00
④10月24日(金)13:30~14:30

⑤10月27日(月)10:00~11:00
⑥10月27日(月)13:30~14:30
⑦10月27日(月)15:00~16:00(この時間は延長不可)

⑧10月28日(火)10:00~11:00
⑨10月28日(火)12:10~13:10

⑩10月29日(水)10:00~11:00
⑪10月29日(水)13:30~14:30
⑫10月29日(水)15:00~16:00(この時間は延長不可)

⑬10月30日(木)10:00~11:00
⑭10月30日(木)13:30~14:30
⑮10月30日(木)15:00~16:00(この時間は延長不可)


maple11月の個人セッションの日程maple

①11月6日(木)10:00~11:00
②11月6日(木)12:10~13:10
③11月6日(木)14:00~15:00

④11月11日(火)10:00~11:00
⑤11月11日(火)12:10~13:10
⑥11月11日(火)14:00~15:00

⑦11月13日(木)10:00~11:00
⑧11月13日(木)13:30~14:30
⑨11月13日(木)15:00~16:00(この時間は延長不可)

⑩11月14日(金)10:00~11:00
⑪11月14日(金)12:10~13:10
⑫11月14日(金)14:00~15:00

⑬11月17日(月)10:00~11:00
⑭11月17日(月)13:30~14:30
⑮11月17日(月)15:00~16:00(この時間は延長不可)

⑯11月25日(火)13:30~14:30

⑰11月26日(水)10:00~11:00
⑱11月26日(水)13:30~14:30
⑲11月26日(水)15:00~16:00(この時間は延長不可)

⑳11月27日(木)10:00~11:00
 11月27日(木)13:30~14:30
 11月27日(木)15:00~16:00(この時間は延長不可)


night夜間のセッションをご希望の方につきましては、月曜日~木曜日・20時~21時・延長なし の枠の中で随時受付をいたしますので、ご連絡下さい。


cloverお申し込みの方は、メールにてお名前・ご連絡先・メールアドレス・ご希望日時を第3希望までご記入の上、お送りください。
スカイプご希望の方は、事前にお知らせ下さい。

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2008年10月15日 (水)

今日は次女の誕生日

今日は、次女の誕生日happy01

だーけーどー・・・・私はすっかり忘れていた!wobbly
夕方、子供たちを迎えに行ったら次女が「今日は私の誕生日だよね!happy02」ってめちゃ嬉しそうに言ってきた。
私は、ふつ~に「え!ちがうよ・・・・・あーーー、いや、違ってなかった!そう!今日は次女ちゃんの誕生日!おめでとう~~~heart01」と返してしまった。

それを聞いていたお友達が、他の子に「ねえねえ、次女ちゃんのママ、大人なのに子供の誕生日忘れてたんだよ~~」って言いふらしていて、ああ~~、みんなに聞かれちゃった~~coldsweats01と思ったけど、でもまあ、しょうがないか、という結論に落ち着いた(笑)。


なので、それから慌てて次女の好物のメニューを作るべくスーパーに行き、きのこやもずくなど買出し、途中「明日生活の授業でどんぐりと松ぼっくり使うんだった!」という次女の言葉に大慌てで公園を二つ回ったけど、もう暗くてよく見えず、全く拾えずに断念。
明日早起きしてまた公園めぐりしなくては~~coldsweats02


という訳で、ケーキbirthdayを買いに行く時間は全くなくなってしまい、週末にゆっくり食べる事にした。
お誕生日を忘れていてごめんよ~~~、次女よ。
夫には「アナタが産んだんだよね?」と笑われたcoldsweats01
そう、私は記念日とか誕生日とか、全く気にしない(笑)。それにしても子供の誕生日を忘れるなんて、我ながらちょっと気にしなさすぎかな・・・?coldsweats02

一応、夜になって「7年前の今頃は陣痛中かな~」とか浸ってみた(笑)。
次女のお産は、楽しかったんだよな~。もちろん爆発する位痛いけど、でも楽しかった。
確か、19時とか早い時間から「男はつらいよ」をやっていて、それを見終わりたいがためにギリギリまで家にいて、病院に着いた時には5~3分おきの陣痛で、駐車場から歩いて病棟に行くのが大変だったな。


そうそう、私がスーパーをまわったりドタバタしていた時間に、96歳のおばあちゃんが救急車で病院hospitalへ。
ちょっともうろうとしていて、慌てて救急車を呼んだのだけど、もう大分元気らしい。
明日は子供達とお見舞いに行ってこよう。
多分、ひ孫達の顔が一番の栄養だからね。

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2008年10月10日 (金)

早速お試し?

出かけていた次女が帰ってきたら、くったりと横になっている。
そして目に涙を浮かべている。

今日は遠足だったので、さぞかしフィーバー(死語?)して疲れているのだろうと思って、「どうしたの?疲れちゃった?」と聞いたら涙をポロポロ流して「のどがいたいよ~ぅ泣き顔あたまがいたいよ~~ぅ泣き顔泣き顔」と赤ちゃんみたいに泣きだした。
手もおでこも熱く、計ってみたら熱もある。

あららら。少し山の方だったから気管にきちゃった?(幼稚園の遠足から帰ってきてすぐに発作が起きた前例あり)とか、この時期(季節の変わり目)に一日中外遊びはやっぱりまだこの子にはきついかな?とか、日差しが強かったから熱射病の症状が今頃出た?とか、以前のパターンが一通り頭をよぎった。

でも、泣いている次女の手を握り、「頭が痛いのはつらいね、そうだね」と声をかけてみた。
次に抱っこしてみた。
わんわん泣いている次女を抱っこしていたら、風邪じゃないかも?という気がした。
次女の希望でおでこに冷えピタを貼って、ホメオパシーを飲ませて、布団に一緒に横になった。
手をつないで、痛いという頭に手を当てて。

最初だけ「いたいよぅ~~」と泣いていたけど、すぐに落ち着いて、眠りに落ちて行った。

そしたら、体温もスーーっと下がっていく。



これはさ~~、もしかして、活動しすぎで回線ショートしただけじゃない?あせあせ

思えば、普段6時半に起こしてやっと目を覚ます次女が、今朝は自分から6時に起きてきたのだ。
前の晩から「明日は遠足だー!!!!」ってテンション上がりっぱなしグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)だったし。
おそらく、ひろ~~~い公園で、わき目も振らず全力で遊んでいたのだろう。
それで帰りのバスも眠らずにいたらしい。


体の疲れは限界をとっくに超えているのに、「眠ればいい」という判断が下せないほど精神的に高ぶっていて、頭痛・発熱・泣く、という症状として出たのではないかというのが、今日の私の診断。

実際、次女は場所によっては、その位真剣に全身全霊で遊ぶから。体力を温存しようなんて気は全くないし。
いつも限界まで突っ走る、それが次女の遊び方(笑)。
遠足なんて、テンション上がるしなおさらだよね。


体力的には落ちているかもなので、この週末はゆっくり過ごさせよう。
私は不在になるけど、夫と義母によく様子を見てもらうように頼んでおこう。

こんな感じで、どうでしょう?自分(笑)。
以前と比べたら格段にいい対応が出来ていると思うのだけど。
これまでいつもあった、「私の判断が違っていたら子供を死なせてしまう!」という恐怖がないのが、我ながらすごい事です(笑)。

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日記を書いてみて、気づき

最近の一連の日記を書いて、さっき、何となく浮かんできた気づき。



私はやっと、「私全部で生きる」って、感じられてる。

体や心の弱いところを隠さず、ごまかさず、丸ごと受け入れて。

弱いところはダメなところ、なくなればいいのに、って思っていたけど、それも全部、私なんだよって心から思える。



丸ごと、全体で生きてみよう。

「悪いと思っているところ」と一緒に、全部で生きる。

「悪いと思っているところ」にも、命を巡らす。

全部で生きると、きっとまたこれまでとは違う世界が広がる。

とても自由で、しなやかになれる。

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昨日の日記で書いた、金魚・植物が充電期間の1ヶ月の間に一気に私の前に現れたのは、本当に不思議だと思う。
ザリガニはその少し前からいたけれど、この1ヶ月で思いは明らかに変化している。


これは何なのだろう・・・と感じていた。
ある時、あけちゃんと話をしながら気がついた。
私は、命を重たくてめんどくさいものだと思わなくなったのかも。
命を受け入れられるようになったのかも。
この時の気づきで初めて、私は命を重たくてめんどくさいものだと思っていた事にも同時に気づいたのだけど。

子供が二人いて、二人とも気管が弱く、一人は疳の虫が強く手が焼けて、正直言って、生きてるものを世話するのは子供だけで精一杯だと、私は思っていたんだな。

これ以上生き物はむり!って知らないところで一杯一杯になっていた。
それが、「金魚すくいはだめ」っていう言葉になっていたんだ。
3鉢あった植物も、とにかく丈夫さ第一だった。

金魚でも植物でも、とにかく病気は手がかかるから勘弁してって思っていたし、大体生きているだけで面倒見なくちゃなんだから大変なんだよ、って思っていたのだと思う。(エサやりや水交換や水やりくらいの手間なのに!)


8月、怒涛の流れがいったん区切りがついて、私の中の何かが変化していたのだろう。
春から通っている、jikoさんの治療の影響もとても大きいと思う。

命を認め、受け入れられるようになったのだったら、嬉しいなと思う。

私は、子供が生まれたその時から、「死なせてはいけない」「病気をさせてはいけない」「泣かせてはいけない」と思ってしまい、それはそれはすごい緊張感とプレッシャーの中で過ごしていた。(随分あとで気がついたのだけど)

命を認め、受け入れられるって、病気や弱い所を認め、受け入れられるっていう事なんだって気がついた。
病気や弱さを受け入れられたら、こんな風に楽で豊かになるんだね。
自分がバテやすい事も、子供達の病気の事も、「この状態が今の私なんだ」とただただ受け入れられる。
体がつらいのを無理に頑張るのでもなく、罪悪感と共に休むのでもなく、ただ自分の状態に素直になれる。
子供達の咳も、たまに出ても「大丈夫」という確信と共に見守っている事が出来る。

症状が出たら「どんな手当てがあるだろう」と色々調べるのは前と一緒だけど、そこには「どうやったら症状を抑えることができるだろう」という発想はない。
症状がおさまるのはもちろんありがたいことだけど、「今の状態に一番いい手当てはなんだろう」と考えて調べる様になったのだ。
私の分かる範囲でだけれども、自分や子供達全体を見る。生きている命全体を感じる。そういう視点が持てるようになった。
これは、以前の私のあり方から比べたら、とんでもなく豊かな視点。
命はとても有機的なのだなーと実感できる。

私の周り全ての人、生き物、そして宇宙に感謝の気持ちを捧げずにはいられない。
ありがとうございますぴかぴか(新しい)

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2008年10月 9日 (木)

今年の夏、めぐりあった命たち

今朝の日記で少し挙げた、ザリガニ、金魚、植物、たちの事。


蠍座ザリガニは、長女のお誕生日会の時にお友達からもらった。
2匹もらったけど、ケンカしてしまい、今は1匹だけ。
最初は「ザリガニなんて、飼い方も分からないなー」と思ったのだけど、これが、かわいいハート
エサをあげようとすると、シャキーーーン!!蠍座ってハサミを振りかざしてくるけど、でもかわいい・・・ハートハート
砂利と石を虫かごに敷いているのだけど、運がいいとザリ(ザリガニの愛称、別名:太郎)が砂利を運んでいる姿を見る事が出来る目がハート
そんな時はこちらも微動だにせず、気配を消し、出来るだけ長くザリの土木工事を見学できるようにしている(笑)。
ある時は、沢山の足でさわさわとお腹や頭を撫でていた。「何だろう?」と思い、息をひそめて見ていたら、その後横になって寝る体勢に入った。
「寝る前にカラダをきれいにしていた・・・?か、かわいい・・・目がハート
てな感じで、すっかりザリガニ揺れるハートな私。
こんな風になるなんて、想像もしていなかった。



魚座金魚は、8月末に祖母の施設の夏祭りで子供がすくった。
これまで、お祭りでずーーっと「金魚は飼わないから、金魚すくいはしないよ」と言い続けていたのに、この時は「ママ金魚すくいしてもいいでしょ?」という子供に「うーん、ま、いっか。」と答えていた。
我ながら本当に不思議。
6匹の金魚が我が家に来たのだけれど、金魚を連れて家に帰ったら、一匹が既に元気がない。
ネットで金魚の飼い方を調べまくって、とりあえず酸素ポンプはやっぱり必須?という結論に達し、大慌てで、クタクタに疲れている中、夜空いているお店に駆け込み、「金魚飼育セット」と砂利などを購入。
帰ってから水槽をセットし、砂利を洗って敷き、水道水のカルキ抜きをし、金魚を入れてみた。
そうしたら、おお~~~、美しくてかわいいじゃないの~~ハート
水槽に張り付いて金魚を見つめる私(笑)。
けれど、もともと病気があったのか、次々と死んでしまった。病気っぽいと分かると塩浴を試したり色々したけど、残念な事に、2週間でいなくなってしまった。
この期間、看護(?)も含めて家族の中で私が一番、水槽の前に陣取って、金魚を眺めていた。
ほっといたらずーーーっと眺めている、と夫に指摘されたあせあせ
そして亡くなるまでの2週間、「そんなに夢中になるな、後が辛いんだから」と度々言われた。
家族で金魚に一番夢中だったのは、私だった。
最後の金魚が塩浴の甲斐もなく死んでしまって、水槽や砂利を洗う時はせつなかったな・・・・。

そんな訳で水槽が空いてしまったのだけど、なぜか、その空いた水槽にザリを入れる気にはならない。
金魚に未練があるとかじゃないのだけど。
なんだか、ザリじゃないよな~と感じるのだ。
カメ・・・・を実は狙っているのだけど、金魚に夢中になりすぎた私を見て、夫が牽制をかけてくる。
確かにね、大人げない位夢中だったからね。
縁があればカメが来てくれるかもと思い、水槽を空けてまっているところ。



芽そして植物たち。
9月に入って、なぜか植物欲がすごい勢いで湧いてきて、目についた植物を買って、好きな鉢に植えかえして、部屋に置いてみた。
これまで家にあった植物は3鉢。それが一気に9鉢になった。
そして、この植物たちがまた、カワイイハートハート
葉っぱをにぎって、いくらでも植物を見つめていられる。
この時間はウットリするほど至福ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)
家のまわりにあったアイビーも、切って水につけておいたら根をはやしてくれたので、今日大きめの鉢に挿してみた。
植物たちとは、気持ちやエネルギーが循環しているのがよく分かる。だから、ますますかわいいのだ~~~ハート達(複数ハート)ハート達(複数ハート)



とにかく今、こういった事が楽しくて幸せでたまらない。
家の中にこんなに楽しい事があるのは、幸せだな~~~~としみじみしている、今日この頃。

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小さな幸せ

結構最近まで、私は小さな幸せが分からなかったのだな~と、今日、気がついた。

ふと我にかえって周りを見渡せば、小さな幸せは沢山あった。
そしてそれは小さなものではなく、とても豊かで、心から私を癒したり、楽しくしてくれるものばかりだったのだ。


たとえば、ザリガニ(笑)。
もういなくなってしまったけど、金魚たち。
植物たち。
メイクアップ。
洋服を買う事。
家を空けて自分の好きなワークショップに参加したり、友達と会う事。


もちろん、楽しいし幸せだけと、 「頑張って手に入れた時間・モノ」なのだから、「その位の幸せ感は当たり前」だと感じていたのだと、気がついた。
はぁ~~~~~と、胸の空気が抜けていくような気分になった。
なんともはあ、という間抜けな言葉しか思い浮かばないけど(笑)、そんなカラクリが自分の中にあったのかーと、驚いたのだ。
自分に申し訳なくなって、ごめんね、と言った。

私は頑張る事が当たり前すぎて、無駄な頑張りが空回りして、とんでもなく高い目標しか見えていなくて、とても豊かなものが「当たり前」な事に見えてしまっていたのだろう。

今、ちっぽけな自分を認めて、今現在の自分に素直にあろう、生きていこうと腹を括った時、やっと「日常にいつもある小さな幸せ・豊かさ」を感じ、受け取れるようになった。
同時に、「自分の小さな成長」も感じ、受け取れるようになってきたと感じる。

なんというか、どんでん返しの気分。
嫌な気分でなく、「もう~、自分ってしょうがないなーほっとした顔・・・」という笑っちゃう気分なのが以前と違う。
「あはは~」と自分の事を笑っちゃえるようになったのも、「自分の小さな成長」の一つ。
こんな小さな事だけど、成長を認め、受け入れられる事は、私にとってとても大きな変化。

ただ等身大の自分でいることで、色々な再発見があったり、許す事ができたり、ラクチンだったり。
環境は変わっていないはずなのに、以前よりも生きやすくなっている。
しかも、喜びのサイクルが回り始める。

そう、人生は美しいのだ。

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2008年10月 7日 (火)

◆合宿ワークショップ開催します!(10月21日追記しました)◆

~自分を見つめる3日間~

第1回:11月7日(金)~11月9日(日)

第2回:11月21日(金)~11月23日(日)

第3回:12月12日(金)~12月14日(日)

第4回:1月9日(金)~1月11日(日)

第5回:1月23日(金)~1月25日(日)

第6回:2月6日(金)~2月8日(日)


※いずれの回も、集合時間は金曜日19時、解散時間は日曜日17時となります。
(集合時間は17時~19時の間を目安としています。集合後、夕食となりますので遅れて到着の場合は事前にご相談下さい。臨機応変に対応させていただきます。)

flair合宿の際、jikoさんの治療をご希望の方は、お申し込みの際にご連絡下さい。
土曜日、治療時間を設けさせていただきます。

※治療費は、ワークショップ代金とは別料金となります。
初回の方は8000円、2回目以降の方は4000円です。



【開催・集合場所】
群馬県前橋市
(人数によって開催場所が異なりますが、JR両毛線前橋駅又は新前橋駅よりタクシーで20分程度の場所となっております。人数が確定次第、個別に場所をご連絡いたします。)


【料金】

3万円/1回(宿泊費・金曜日の夕食代~日曜日の昼食までの食費込)

★お申し込みをいただいた後、振込先をご連絡いたします。
★6回を一括でお申し込みの場合・・・18万円。(2回分割払可)
 一括でお申し込みの方に限り、フォローアップとして、無料で2回の個人セッション(1時間)を利用できます。合宿開始日から3月10日まで有効です。


★各回ごとにお申込の場合で、最終的に6回全てを終えられた方は、フォローアップとして無料で1回の個人セッション(1時間)を利用できます。この場合、最終回お申込・ご入金後より3月10日まで有効です。

参加回数は、特に制限はありません。6回全てのご参加も、単発でのご参加も受け付けております。


【お申込みについて】
お申込締切日は都度、ブログにてお知らせいたします。
第1回目の締切りは、10月26日深夜までです。

メールにて、お名前・ご住所・電話連絡先・メールアドレス・生年月日をご記入の上、お申込み下さい。
お申込み後、料金を5日以内にお振込み下さい。お振込みを持って受付完了とさせていただきます。(振込手数料はご負担下さい)

一括申込の方のご入金に関しては以下の取り扱いも可能ですので、申込時にどの払込方法にするか、明記してお申込下さい。
①お申込後、5日以内にお振込。
②お申込後、10月31日までにお振込。
③お申込後、9万円を10月31日までにお振込。残金9万円を12月25日までにお振込。



【キャンセルについて】
開催日初日の10日前(第1回目は10月28日)17時までにご連絡がない場合には、返金いたしません。
それ以前のキャンセルについては、振込手数料を差し引いた全額を返金いたします。
尚、一括申込みの方の締切は、10月28日です。それ以降のキャンセル・中途不参加の場合は返金いたしません。




【持ち物などその他ご連絡事項】
●2泊分のご自身の必要な身の回りのもの。(シャンプーやパジャマの用意に関しましては、宿泊場所によって変更がありますので個別にお知らせいたします)
●筆記用具・ノート
●お好きな飲み物、おやつなど、ご自由にご持参下さい。(お湯は用意することが出来る予定です。)
●服装は、楽なものがよいでしょう。暖かくしておいで下さい。
●食べられないものがある方は、お申込時に食べられない食品を明記して下さい。
●精神疾患のある方は、お申込出来ません。
●合宿の場での参加者の方の発言を他言することは固く禁じます。このルールが守れない方はお申込をご遠慮下さい。(合宿開始時に、誓約書にサインをいただきます)



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4月より始まったシェアリングワークショップを8月末に終え、それからずっと、充電期間に入っていました。
これまでずっと突っ走って、大波に揺られ、ジェットコースターに乗っていた毎日から、急に平穏な、凪いだ海の様な日々となり、それはそれで戸惑いも大きく(笑)、不思議な感覚を味わっていました。
この何週間かを振り返った時、自分は「無」の中にいたのかなあと感じています。
今年初春に体験した「破壊」とそれはちょっと似ている風に感じられたのが戸惑いの大きな原因かと思うのだけど、あの時にはなかった安定感「私には今何もないけど、きっと大丈夫」という感覚をずっと感じていることができました。
「無」の中にいて、自分はどうあったら心地いいのか、新しいバランスを築いていた、そんな感じでしょうか。

1ヶ月ちょっと、その感覚を抱き続け、確認しながら過ごしていたのですが、先週、全6回の合宿ワークショップを開催したい!という思いがムクムクと湧き上がって、溢れてきました。


この合宿で行なわれるのは、「自分を見つめる」「自分と向き合う」
これだけです。
今の自分を書いて、声に出し、シェアリングをする。これを繰り返します。

「自分を見つめる」と言っても、日常生活を送りながらだと

「どうやったらいいのか分からない」
「時間がない」
「一人で出来るものなの?」
「どこまでやったらいいの?」
「一人で取組んで方向性が違っていたら、いくらやってもダメなんじゃない?」
「めんどくさい」
「苦しい」
「訳が分からないけど、とにかく辛い」
「嫌だ」
「仕事が忙しくてそれどころじゃない」
「不安が大きくて取組みたいけど取組めない」
「やったからって、どうなるの?」
「これまでやってきたけど、いつも同じところでストップしてしまうような気がする。」
「自分には無理なこと」
「どうせ現実は変わらないし」


など、他にもさまざまな理由が挙げられるでしょうが、深く継続的に取組むことはなかなか難しいというのが現実ではないでしょうか。

けれど、私はこれまでの自分の体験から、この合宿を前にこんな事をお伝えしたいのです。
これが、私が今抱いている思いです。

自分を見つめることで、必ず自分が、周囲の人が、現実が変化する!

一人で、孤独にならなくて大丈夫。私がいつも隣にいるから。一緒に、手を繋いで歩いてみよう。

あなたの中に、必ず答えがある。光がある。そしてあなた自身が、自分の手でそれをつかむ事が出来る。私は、それを信じています。

あなたは、自分を信じる力をもっと増やすことが出来る。

破壊を怖がらないで。人は、必ず再生できる。

誰かの力を借りていい。助けを求めていい。人は、一人では生きられない。

あなたは、必ず出来る。だから、あきらめないで。

一緒に、必ず一緒にいるから。
あなたが、あなた自身から逃げ出したくなっても、私はあなたから逃げません。
しっかりと抱きとめ、あなたが落着くまで待ちましょう。
一番怖くて、一番怒りと悲しみと悔しさと後悔の湧いてくるポイント、その先に、勇気を出して行ってみようよ。

涙が出てきたら、押さえつけずに泣いてみようよ。泣いちゃう自分を、許してあげよう、認めてあげよう。わんわん泣いて、大丈夫。

自分で出来るんだよ。自分で出来た時の喜びは、必ずあなたを支える希望になる。

心と同じ様に、体も大切です。

この、一見当たり前な事を、普段どれだけ見つめ、尊重しているでしょうか。

あなたが肉体を持って生きているということは、命があるという事は、とても尊いのです。

私は、そんなあなたを、大切に思っています。
 



合宿ではこの思いと共に、あなたが深く自分の中に入っていく時のナビゲート役をさせていただきます。
普段抱えている疑問、不満、不安、怒り、悲しみ、喜び、愛・・・あなたの中に溜め込まれたものを、一度全部出してみましょう。
いつもグルグルと自分の中に同じ思いがあるのなら、何度でも同じ事を書いてみましょう、声に出してみましょう。
気の済むまで、とことんやってみましょうよ。
その後、気付いたことをシェアリングしてみましょう。

どんなネガテイブな事がどれ程出てこようと、大丈夫です。
私は、あなたの事を変な目で見たり、あきれたり、怖がったり、憐れんだり、あきらめたりしません。一緒にいます。
だから一緒に、歩いていきましょう。
そこがたとえ道なき道であったとしても、きっとその先には思いも寄らぬ素晴らしい光景が待っています。
あなたの中にあるのは、ネガテイブな事だけでは決してありませんから。光が、必ずあるのですから。


ご参加を、心よりお待ち申し上げております。

新井いずみ

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2008年10月 2日 (木)

私の歴史と、今の私

【赤ちゃん~幼児】
私は食が細く、疳の虫が強く、病気をしやすい子供だったらしい。肺炎で入院したり、小学校高学年で扁桃腺を取るまで、度々扁桃腺を腫らして高熱を出していた。
多分かなり世話の焼ける子供だったのだろう。
幼児期、宇津救命がんを飲ませたり、母方の祖父が「鶏の絵を描いて逆さまに貼っておくといい」と教えてくれた迷信の様なものを信じて実行せざるをえないほど、疳の虫が強かったらしい。





【幼児~小学校高学以前】
私はいじめられっ子だった。
幼稚園の頃から近所に強い同級生の女の子がいて、その子にいつも泣かされていた。
小学校に入っても、その子に下校中仲間外れにされて泣いて帰ってくることがとても多かったりした。でも近所だし、仲良く遊ぶ日ももちろん沢山あった。
長じてから、おままごとで犬の役をやらされたりしたと母に聞きいて(自分では覚えてなかった)笑った。犬って・・・犬
中学年になってくると、男子からいじめられる事も結構あった。
当時の私は真黒に日焼けしてかなり細かったので、「ゴボウみてえ!」とか「ぐわん(私のあだ名)ブラジルに帰れ~」とかはやし立てられた。
私は本と想像の世界が大好きで、授業中とかはかなりの確率でぼんやりしていたのだろう、忘れものが多かったり宿題をよく忘れたりしていたのも、突っ込まれる原因だったのだろう。

ちょっと大きくなってからは、泣いて帰る、という事は少なくなっていた(と思う)。
私はいじめられた時何を感じていたかというと、これだけはとてもよく思い出せるのだけど、「どうしてこんな事するんだろう」と思っていた。
その時はもちろん悲しかったり悔しかったりもした。でも、心の一番大きな部分を占めていたのは「どうしてこんな事をするんだろう」という疑問のようなものだった。静かに、そう思っていた。
不思議な事に、そこに怒りはほとんど発生していなかったように思う。
ただひたすら、「どうしてこんな事をするんだろう」って、不思議だったのだ。
怒りがないので憎しみも発生せず、当時も今も、恨んだ覚えは一度もない。

そういえば、去年知ったのだけど、私が一度登校したあと帰って来て、「学校に行きたくない」と言って泣いた事があったらしい。
たまたま、とても珍しい事だと思うのだけど、その時母が外出中で、父がそんな私の応対をしたそうだ。
父は私をぶって(頭か頬かは知らない)、「学校に行きなさい」と言ったそうだ。
35年間、父からは手を挙げられたことはなかったと思っていたので、びっくりした目

あと、小さな頃から早く大人になりたいと思っていたのはよく覚えている。

この頃まで、私は心から家族の幸せを願っていた。
それと、何度も洪水の夢を見て、その度にみんなが無事生き延びられますように、生き延びて再会できますように、って真剣に祈っていた。
自然災害がとても怖かった。


【小学校高学年~短大卒業まで】
特別いじめられるという事も自然となくなり、普通~~~に過ごす。
学生時代を通して全ての期間、とてもおとなしい生徒だった。
誰とでも話せるけど、親友と呼べるのはほんの何人かだけ。全般的に学校生活は穏やかで、可もなく不可もなくだったと思う。
学校と家の往復で、たまに友達と遊びに行き、とにかく自分の好きな本を好きなだけ読み、空想をめぐらす時間のあった、今思うと夢のような時代ではあった。
けど、母に対しては結構激しい反抗期が中学位から長いこと続いた。付き合ってくれた母に、どうもありがとう。



【社会人1年生~28歳】
とにかく、もまれた。
社会人としても、家族の一員としても、色々な出来事があった期間。
社会人としての責任、仕事ができる人と出来ない人、父に対しての失望、人が年をとるということ、介護、痴呆、人が亡くなるということ、残された人のありかた、人の生き方、さまざまなものを見て、経験した。
でもこの期間の経験が、私に根性と強さとあきらめない姿勢を与えてくれたと思う。
それと、やればやっただけの事が自分のものになる、というのを身につかせてもらった。特に何か明確な資格があるとかじゃないけど、そういう体験の期間だったのだろう。
今では、ありがたかったな、と思える。





【28歳】
長女出産。
上記で培った体験や自信が全く通用しない、育児のはじまり。
全てが覆され、パニック。
多分何年もプチノイローゼ状態だったのだろうと今では思う。
産後すぐから仕事復活したけど、あまりの辛さに泣きながら仕事したり(一人の時ね)、夜中ずーーっと子供を抱っこしながら壁にもたれて仮眠をとったり、世界中に人はこんなに沢山いるのに独りぼっちだと感じて泣いたり、とにかく、極限状態がずっと続いていた。
子供が大きくなるなんて信じられずに、この状態が永遠に続くと錯覚して、よく絶望していた。

この頃また、母への失望感がつのり、険悪になる事が多かった。でも子供を見てもらっているという負い目がすごいストレスだった。



【29歳~34歳くらい】
次女出産。
おっぱいを飲んですぐ眠ってくれる次女に衝撃を受ける(笑)。
この子が生まれてくれた事で、「長女が夜泣きするのも疳の虫が強いのも、私だけのせいじゃないかも」と思えた。
しかし次女は3歳前後の1年間に3度入院。3度目の時「これはもう、喘息ですね」と言われ大ショック。
夕方駆け込みで外来受診して入院となった時、外来の看護婦さんに「仕事と子どもとどっちが大切なんですか!」と言われ呆然とした事も。確かに仕事していたけど、預かってくれていた祖母の所に迎えに行った時にぜいぜいしていた、だから受診したのに・・・と思ったが言えず。入院した後、病棟の看護婦さんが優しくてホッとした。
長女と一緒にW入院なんて事もあったなあ・・・。
入院の時は、朝、母に病院に来てもらってバトンタッチ、帰ってシャワーを浴びて仕事をして、夕方義母に作ってもらったお弁当を持って病院に戻り、子供達と朝まで過ごすというスケジュール。
入院してない時でも、いつ咳が始まるか、発作が起きないか、ほぼ1年中神経を尖らせて子供を観察していた。
咳をしている夜はもちろんあまり眠れないし、長女はこの年まで毎晩夜泣きをしていたので、私が満足に眠れたのは5~6年間で10日弱。





【34歳~】
自己探求のはじまり。
新たなドアが開かれ、その向こうの道を歩き始めた。
涙を流し、笑い、絶望し、感動し、歓喜し、悩み、落ち込み、光を見て闇を見た。
沢山の人との出会いがあった。

3年たった今、振り返ってみて思うこと。
3年間、激動だった。
自分の中身がふるいにかけられて、振られて、振られて、振られまくって、それでも残ったわずかな「これ」が、本来の私のかけらなのかも。
「これ」が何なのか。色々な言葉に変換できるだろうし、それによって受け取る印象はさまざまになるだろう。そしてかけらは複数ある。

だけど「これ」だけは、私、小さな頃からずっと持ち続けていた、と感じる。
一時期、多分小学校高学年位から、あえて隠して見えなくしていたのだろうけど、でも、持ち続けていたんだ、と感じるのだ。

・・・・書いていて気付いてしまった。
私は、今、怖くておののいているんだ。
今、私にあるのは小さな頃持っていた、小さな頃信じていた「これ」だけ。
他になんにもない。

「これ」だけでは世の中生きていけないよ、人からとやかく言われるよ、本当に傷つくよ、と子供の頃感じたからこそ、沢山自分をガードするものを長年かけて身につけ、自分をごまかし、強くなろうと決意し、どうにか世の中でうまくやっていけそうな大人になったと思ったのに。

でも、小さな頃の自分は信じていたんだ。
「これ」があれば人は生きていけると。なんの根拠もないけど、信じて疑わなかった。
あの時の感覚が、今自分の中で再構築されている。

ああ、だから私、ここのところ、とても心もとなくて、ぼんやりとした不安があったんだ。
ちっぽけな自分になってしまったような、そんな感じがするんだよ。
子供の頃のまっさらな自分が急に大人になってしまって、何の経験もないのに社会の中で生きていかねばならない、そんな気分。

これから体験をもって、「これ」を大きくしたり形を整えていくのかな。ただひっそりとこのまま持っているだけじゃ、だめなのかな。
怖いよ。
他に色々身につけたいけど、何にも持っていない。本当は盾と槍を持って鎧で身を固めたい気分なのに。

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